そんな私

そんな私

地方で暮らすゲイが思いつきでいろいろと

悩みの大小

悩みに大きいも小さいもないと思います。他の人の悩みに比べて自分の悩みなんて…こんなことで悩んでしまうなんて…と悩むことを我慢する必要はありません。

 

壮絶な人生や大変そうな人の前では、つい自分の悩みを小さいと感じてしまいがちです。良くも悪くも。でもそこは分けた方がいい。何に悩みやすく何が負担かは人それぞれです。

 

そして、悩みがないことで悩む必要もありません。悩み多き人生の方が人間的に深いわけではないです。悩みがない、もしくは少ないに越したことはないんですから。

 

たぶん私は世界の絶景を見たって自分の悩みがちっぽけに思えないでしょう。困難な人のことを思って自分の悩みを自粛するつもりもないです。

 

悩む時は悩む。悩みがない、少ないならそれでよし。悩むこと、悩まないことに躊躇しない。その方が健康的です。

 

そんな私。

ツタヤと私

近所にツタヤができました。できると聞いたときは「これでいつでもひとり映画祭ができる」と期待していました。しかし、いざオープンしたツタヤに行くと…ないんです。DVDが。

 

本と文房具の販売のみらしく、店名もよくみるとTSUTAYA BOOKS。ツタヤといえばDVDレンタルを連想してしまう私。もしかしたら、この感覚って少数になってきているんでしょうか。

 

確かに今は「借りにいく」をしなくても自宅で映画が楽しめる時代。ネットで購入できますからね。便利。

 

店舗に行かなくていいし、返却期限を気にしなくていい。見たい作品を誰かに借りられているなんてこともありません。

 

でも、私はあの膨大なDVDの中から作品を探す時間が好きです。意識していなかったものをみつけたときの喜びたるや。なんだか久しぶりにツタヤへ“借りに”行きたくなってきました。

 

そんな私。

充実は人それぞれ

誰かと遊ぶ予定がほぼないです。理由は友人がすぐに会える距離にいないこと、出会い系アプリを辞めたのでリアルをしなくなったこと、不定休で人と予定が合わせづらい等々…

 

20代前半まではよく誰かと会っていました。今思えば、本当に遊びたくて遊んでいたのかなとも思います。周りの人や自分に「充実している」とアピールするために遊んでいたような。

 

友達がいない、充実していないと思われることが恥ずかしかったんでしょうね。友達はいたらいたでいいし、何が充実しているかなんて人それぞれなのに。と、今は思えます。

 

どうやら私はひとりで過ごす時間が多い方が気持ちが安定するらしい。そんな自分の性格を把握しはじめてからは人と会うことを減らしました。

 

寂しくないのかと言われたらそんなことはありません。寂しいときはあります。ただ、寂しさを人で解消していないだけ。

 

人とは本当に会いたい、話したいと思った時に会えれば十分です。その方が会えた時の楽しさも大きい。久しぶりに会えれば話題も豊富ですから。

 

そんな私。

替わりのきく仕事

有能な人が退職をしても会社が潰れることはまずありません。その穴はなぜか埋まるようになっています。不思議なことに。

 

私の仕事も替わりはいくらでもいるでしょう。そして、それでいい。なぜなら替わりがいなければその場を離れることができないからです。休むにしろ、退職するにしろ。

 

自分にしかできない仕事ってすごいなとは思います。ただ比較はしません。私だって私にしては今の仕事を頑張っているから。そもそも仕事内容に上も下もないはずです。

 

替わりがきくといえば「会社の歯車」という言葉を連想します。悲観的なイメージのある言葉ですが、歯車だってそう簡単になれるもんじゃない。

 

仕事を覚え、処理し、職場で波風をたてず、取引先やお客様とやりとりをする。歯車、なかなか大変です。それを毎日こなす私達は本当に偉い。もちろん思ったようにできなくても。

 

仕事に虚しさを感じるなというわけではありません。そんな日もあっていい。ただどこかで落とし所を考える、割り切ることも必要だと思うわけです。 

 

そんな私。